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12年版「戦略実行力」 —トップの問題認識とミドルへの期待—

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昨年3月の未曾有の大震災に加え、世界的な信用不安による先行きの不透明感。こうした厳しい環境の中でも、飛躍に向けて、新たな成長戦略を思案する 企業は少なくない。戦略というものは策定しただけでは何も変わらない。どうすれば戦略を実行できるのか。富士ゼロックス総合教育研究所ではトップと現場をつなぐミドルマネジャーに焦点を当てて調査研究を進めている。前回の『人材開発白書2011』では、現場メンバー2170人(27社、49ビジネスユニット)に対する定量調査を実施した。その結果を深耕すべく、今回 の『人材開発白書2012』では、事業トップ37人へのインタビュー調査および優秀マネジャー84人への質問紙調査を通じて、ミドルマネジャーの課題をより具体的に分析した。


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要約

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我々は、戦略の策定よりも実行の方により多くの時間を費やし、またさまざまな困難に直面する。優れた戦略であっても、決定しただけでは何も変わらない。さまざまな困難を乗り越えて初めて、その果実を得ることができる。
事業戦略は、事業のトップが決断する。しかし、事業トップ自らが実行するわけではない。実行するのは第一線のメンバーである。当然のことながら、第一線の メンバーにまで戦略が展開されなければ実行されることはない。ところが、組織階層間には大きな溝がある。事業トップが発信した戦略はミドル層で減退し、保留され、あるいは歪曲され、果たして現場のメンバーの行動は何も変わらない。このような状況は、多くの組織で見られる。
現場メンバーの行動を起こさせ、最後までやり切らせるためにはどうすればいいのか。このような問題意識から、富士ゼロックス総合教育研究所ではトップと現場をつなぐミドルマネジャーに焦点を当てて調査研究を進めている。

前回の提言

前回の『人材開発白書2011』では、現場メンバー2,170人(27社、49ビジネスユニット)への定量調査を通じて、ミドルマネジャーの戦略実行マネジメントを“12のマネジメント領域”と“38のマネジメント行動”に整理するとともに、5つのポイントを提言した。
  1. 「戦略のマネジメント」と「人・組織のマネジメント」を両輪に据え、これらの同時追求によって戦略を実行する
  2. 戦略を最後までやり抜くために、戦略に対するメンバーの納得度を高める
  3. 高い水準での戦略実行を目指すために、メンバーにストレッチ目標を与えるとともに、実行支援と能力開発を怠らない
  4. より効果的に戦略を実行するために、部門内協力を促進し、他組織に働きかける
  5. 不確実な環境下で戦略を実行するために、仮説検証を短サイクルで回して戦略を推し進めることができる人や組織をつくる

人材開発白書2012の提言

前出の提言は、現場メンバーの目線にもとづくものであるが、事業トップの立場に立てば、異なる風景が見えるはずである。そこで今回は、事業トップの目線から、事業戦略を実行するためにミドルマネジャーは何をすべきかを考えた。

調査結果によると、事業トップの多くは、自分が掲げた戦略が現場メンバーに伝わっていないとは思っていない。伝わっているにもかかわらず、行動して いないと感じているのである。そしてその要因として、制度や組織構造といった仕組み面を挙げるトップは少ない。多くは、“ソフト”な側面に、特にミドルマ ネジャーのマネジメントに課題があると考えている。
ミドルマネジャー注1が戦略実行の要として機能するためには、どうすればいいのか。調査を通じて浮かび上がった課題を述べる。

提言1 やるべきことをやってもらうために、止めることとやらないことの決定を先送りしない

トップの考えと現場状況の間には、ある程度の乖離が存在する。そのためミドルマネジャーは、部門の戦略策定においてさまざまな難問に直面する。最も多い意見が、リソース不足である(分析2-1)注2。やらなければならないことがたくさんあるにも関わらず、それを実行するためのメンバーの量と質が不足していると、ミドルマネジャーは感じているのである。 しかしながら、経営環境が厳しい中では新たなリソース投入も難しい。短期的には現状のメンバーを与件とし、その中で効果的な戦略を考えなければならない。
リソースが不足している中では、やるべきことにリソースを集中しなければならない。当然のことではあるものの、実際はどうかといえば、出来ているとは言い 難い。実際多くの現場メンバーは、過去の施策の改廃がなされぬまま新たな施策が追加されるために、戦略を実行できないと感じている(前回調査)注3。 止めることの意思決定が先送りにされているということである。また事業トップは、ミドルマネジャーが問題を正しく認識し、課題を明確に設定できていないこ とが戦略実行を阻害していると考えている(分析1-1)。やるべきことやらないことの切り分けが十分でないということであろう。
止めること、やらないことの決定は勇気のいることであり、しかもその決定自体で上から評価されることはあまりない。しかし、その先送りによって、本当にやって欲しいことをやってもらえなくなってしまっている。こうした事実を直視しなければならない。

提言2 理解させ納得させるために、相手は文脈を異にするという前提に転じる

戦略の伝え手と受け手は、同じ言葉を同じように理解しているとは限らない。さらにいえば、たとえ同じように理解したとしても、それで行動を起こすと は限らない。やるべきかどうかを自分の中で考え、納得してから行動に移すからである。もちろん、納得せずとも行動せざるを得ないことも少なくないが、それでは行動が持続しない(前回調査)。つまり、戦略を行動に結びつけるまでには、正しく理解させることと、納得させることの2つのハードルを乗り越えなけれ ばならないのである。
このハードルを高くしている要因の1つが、戦略の受け手の変化である。組織の専門分化が進む中で市場に機動的に対応していくためには、公式ラインによらな い横や斜めの部門との調整や、社外の協力会社との連携が不可欠になる。立場や背景を異にする人との意思疎通が欠かせなくなるということである。また、部下への伝達でもしかりである。ダイバーシティという言葉の普及が表すように、多様性に富むメンバーとの意思疎通の機会が増えてきている。
この意思疎通が上手くいっているとはいえない。事業トップは、部門間の意思疎通や協力体制が欠如していると感じており(分析1-1)、ミドルマネジャーは、メンバーの価値観や関心ごとがばらばらなために戦略を展開しづらいことを悩んでいる(分析2-1)。
伝え手の文脈にもとづく一方的な伝達では、どんなに熱く語っても効力がない。相手も同じだという前提ではなく、すべての人は異なる背景や考えを持っているという前提に立たなければならない。

提言3 戦略実行に活力を与えるために、権限によらない影響力を発揮する

部門の戦略をメンバーの目標に展開するだけでは、ベクトルは揃うものの、活力がみなぎらない。個々人や組織に働きかけることも重要である(前回調査)。そして事業トップは、課長に対してはメンバー一人ひとりの力を引き出すことを、部長には組織間のネットワークを作ることで組織の総力を発揮させることを、期待している(分析1-2)。
職位にもとづく権限だけでは、この期待には応えられない。さまざまな調査結果が示しているように、直属の部下に対してでさえ、権限で影響を与えられる範囲は限られている。ましてや、公式なレポートラインからはずれる周辺組織に対しては、そもそも権限などは通用しない。
それでは権限ではない何が必要なのか。これは部長と課長とで異なる。課長においては高い実務能力が影響力の源泉になることが多い(分析1-3)。自分がで きないにもかかわらずに理屈やべき論でアドバイスをしても、発言の信頼性が疑われるということなのだろう。一方の部長では、他者を尊重し、誠実に対応する姿勢である(分析1-3)。立場が違う組織に対して、要望だけを押し付けても受け入れてもらえない。相手を理解し、双方にとって良い方法を真摯に考える姿 勢が、相手の協力を呼び寄せるのだろう。
職位にもとづく公式権限を振りかざしているだけでは、メンバーや周辺組織を動かせない。対人関係能力や実務能力など、権限に依存しない影響力の源泉を磨かなければならない。

提言4 戦略実行を停滞させないために、自己を過信せずにメンバーを活かす

反対に、戦略実行を停滞させてしまうような特徴もある。事業トップへのインタビューからは2つのタイプが浮かび上がった。
1つ目のタイプは、自分が過去に成功したやり方をメンバーに押し付けるマネジャーである(分析1-4)。環境は変化し、トップの戦略も変わる。こうした中で、過去に成功したやり方が常に通用するとは限らない。むしろ事業トップは、従来のやり方に固執することの方を問題視している(分析1-1)。絶えず新し いやり方を、メンバーとともに考えることが求められているのだろう。
そして2つ目のタイプは、メンバーに任せずなんでも自分でやってしまうマネジャーである(分析1-4)。経験の浅いメンバーに仕事を任せることは、自分で行うよりも何倍もの労力を使うことは確かである。だからといって、すべてを自分でやってしまっては、いつまでたってもメンバーが経験を積めない。新たなリソース投入が難しい中では、一人ひとりが成長することがリソース不足解消の一番の近道である。社会人の成長の8割は経験がもたらすといわれていることを考 えると、むしろ意図的に良質な経験をさせるくらいでなければならない。
事業トップによれば、こうした過ちに陥るマネジャーは、プレイヤー時代に高い実績を挙げた人だという。プレイヤーとしての能力が高かった人ほど、自分自身のマネジメントを振り返ってみる必要がある。

提言5 機動的な戦略変更ができるよう、期初における論理的な戦略検討を疎かにしない

今も昔も先を見通すことは容易ではない。部門の戦略策定に必要な情報が全て揃い、必要な分析のすべてがなされることはありえない。いざ実行しても、お客さまの要求は変わり、競合企業も新たな手を打ってくる。そのような中でも意思決定を先送りせず、期初に戦略を明示することがミドルマネジャーには求められている。当然のことながら想定通りにものごとが進むわけではない。多くのマネジャーは、自らがコントロールできない要因によって、戦略の変更を余儀な くされている(分析2-1)。
機能しなくなった戦略に固執するよりも、臨機応変に戦略を変更する方が、メンバーも行動する(前回調査)。とはいうものの、期中の変更は容易ではない。ミドルマネジャーは、変更理由をメンバーに理解し納得してもらえるように説明することに苦慮している(分析2-2)。
先が見通せない中では“まずやってみる”ことが大切である―90年代後半ごろから、日本においてこのような考えが広まっていった。“まずやってみる”と聞 くと、深く考えることから解放されるように思えるが、そうではない。期初に決定した戦略の根拠や前提が曖昧であれば、変更理由など説明できないからであ る。逆説的であるが、“まずやってみる”ためには、論理的な検討が必要なのである。
場当たり的な決定は、戦略変更時にツケを回すことになる。環境の不確実性を理由にして論理的な検討を疎かにしてはいけない。

おわりに

ここに挙げた5つの課題は、決して目新しいものではなく、またこれら以外にもミドルマネジャーがすべきことはたくさんある。だからといって、すべて が大切だと言ってしまえば、次の一歩を踏み出せなくなってしまう。この5つの課題は、事業トップのレンズを通じて読み解いた、優先度が高いものだと考えている。

2012年2月

坂本 雅明
富士ゼロックス総合教育研究所
研究室 室長

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著者プロフィール

坂本 雅明
坂本 雅明

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京大学院ビジネススクール非常勤講師

1992年NEC に入社。コンサルティングファームを経て、2006年より当社入社。戦略策定・実行プロセスの研究および戦略策定研修を担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、関連会社の再建支援にも携わる。上智大学卒業、一橋大学大学院修士課程修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期課程修了(博士(技術経営))。一橋大学イノベーション研究センター研究員(05~06)。首都大学東京ビジネススクール非常勤講師(12~)

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