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13年版「戦略実行力」 —組織の壁とミドルの巻き込み力—

戦略を策定するだけでは業績は改善されない。実行してはじめてその果実を手にすることができる。業績低迷が続くなか、これまではあまり注目されな かった戦略実行という課題に、多くの企業が関心を寄せるようになってきている。どうすれば戦略を実行できるのか。富士ゼロックス総合教育研究所ではトップ と現場をつなぐミドルマネジャーに焦点を当て、3年間に渡って調査研究を進めてきた。
過去の調査を通じて浮かび上がった戦略実行の阻害要因の1つが組織間連携の不備である。組織のしがらみを乗り越え、他組織を巻き込みながら戦略を推し進め るミドルマネジャーが求められているといえる。そこで今回の『人材開発白書2013』では1023人(22社)の課長クラスへの質問紙調査を実施し、組織 間連携を阻害する5つの要因を明らかにするとともに、ミドルのあり方を提言した。

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要約

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戦略を策定するだけでは業績は改善されない。実行してはじめてその果実を手にすることができる。業績低迷が続くなか、これまではあまり注目されな かった戦略実行という課題に、多くの企業が関心を寄せるようになってきている。どうすれば戦略を実行できるのか。富士ゼロックス総合教育研究所ではトップ と現場をつなぐミドルマネジャーに焦点を当て、3年間に渡って調査研究を進めてきた。
故スティーブ・ジョブズが、アップル社復活のために投じた商品の1つが、携帯型デジタル音楽プレイヤーのiPodである。iPod自体には技術的なイノ ベーションがあったわけではない。ただ大きな特徴があった。iTunesと連携して利用されることを前提としてiPodは設計されたことである。ユーザー は、iTunesミュージックストアからインターネット経由で音楽をダウンロードし、iPodで聴く。アップルはiPodというハードウェアを生み出した のではない。ハードとソフトを融合した新たなビジネスモデルを生み出し、そして音楽を楽しむ新しいスタイルを生み出したのである。
このようなiPodの成功を見て、日本企業のアイデアの欠如を指摘する人もいた。しかし、アイデアや創造性の問題だろうか。音楽をダウンロードして携帯型 プレイヤーで音楽を聴くというモデルを、日本企業が思いつかなかったとは考えにくい。事実、携帯型プレイヤーを手掛けていたある日本企業は、iPodが発 売される前からダウンロードビジネスに取り組んでいた。それでは、なぜアップルに水をあけられてしまったのか。その企業のトップは、雑誌のインタビューで こう答えている。

「それぞれの事業ユニットが、自分たちなりの考え方を持っている中で、各ユニットをまたぐようなビジネスに取り組もうとなると、意見調整などに時間がかかってしまった。」

音楽プレイヤーを扱う事業ユニットとダウンロードビジネスを手掛ける事業ユニットとの間の連携がうまくいかず、シームレスなサービスとして完成させ ることに手間取ったのである。つまり、事業アイデアが欠如していたわけではなく、問題は実行力の方だったのではないか。そして、実行を阻害した要因の1つ が、組織間連携だったのである。

現場のメンバーは、組織の壁が戦略実行の阻害要因だと感じている

私どもの調査対象は、このような企業レベルのことではなく現場レベルである。だが現場レベルでも、同種の問題を抱えている。
戦略実行力をテーマにこれまで進めてきた調査から、現場における戦略実行の足かせになっているものがいくつか浮かび上がった。現場メンバーの意見で最も多 かったものが、組織間連携の不備である。自分だけ、自分の組織だけでは戦略を実行することはできない。他組織との連携が欠かせない。その連携が欠如してい るために戦略を実行できないと、多くのメンバーが感じているのである。

横の動きが重くなったと事業トップは感じている

組織間連携を課題に感じているのは現場メンバーだけはない。前回の調査にて、32社37人の事業トップに戦略実行の阻害要因を尋ねたところ、「部門間の意思疎通、協力体制の欠如」が上位に挙がった。
それに加えて、ミドルマネジャーのフットワークが重くなったという意見も聞かれた。下の組織や自分の部下への戦略展開や接し方は何も問題ないのに、横の組 織や他事業部、パートナー企業との調整には消極的になってしまう。周りの組織を巻き込まずに、自分の部門だけでなんとかしようとする。ちょっと話せば済む ことなのに、なかなか話しに行かない。このような声が聞かれた。権限が通用する相手なら問題はないが、権限が通じない相手とうまくやっていくことを苦手に 感じるミドルマネジャーが多くなっているのだろう。

組織の壁の形成要因は

「組織の壁を形成する要因は、○○だ」——だれもが、この○○に当てはまる言葉を簡単に思い浮かべることができるだろう。しかし、その答えは正しい とはいえない。なぜならば、他にも要因があるからだ。組織の壁の形成要因は1つではない。ところが網羅的に整理した調査は意外と少ない。そこで、組織の壁 の形成要因を明らかにすることを目的に分析した。なお、今回の調査では職種間連携に限定し、企業間や事業間の連携は対象にしていない。
課長クラスに対して、他の職種との連携構築上の障害を調査したところ、以下の5つが抽出された。

 

他組織を巻き込みながら戦略を推し進めるミドルとは

本稿では本人以外の問題の是正には言及しない。例えば、「相互の方針のずれ」に対しては、方針の一致を求めることもできるし、「部門重視の制度」に 対しては評価制度の改善を求めることもできる。しかし、同じ事業ユニットだからといって各組織のベクトルが完全に一致することなどあり得ない。また、企業 の中では数限りない目的が複雑に絡み合っており、組織間連携のためだけにすべてが最適化されることはあり得ない。さらには「相手組織の能力・人手不足」が 障害になることも当然のことである。それぞれの組織の方針に沿って人員計画を立て、能力開発を進めているため、新たな連携が提案されても体制が整っていな いからだ。
これらの障害を所与として、ミドルマネジャーは連携を推し進めていかなければならない。ミドルマネジャーはどうすればよいのだろうか。3つの提言にまとめた。

提言1:よく知らない相手に対してこそ、臆せずに一歩踏み出す

既述の通り、最近のミドルマネジャーはフットワークが重くなったと事業トップは感じている。他の多くの研究でも、人は他人に頼むときに躊躇してしま うことが示されている。しかし同時に、他者は自分が思っているよりも協力的だという結果も示されている。つまり、他者が協力をしてくれる度合いを低く見積もるがために、躊躇してしまうということだ。
これに対して、他者をもっと知るべきだという意見もあろう。よく知っていれば、協力してくれるかどうかを適切に見積もることができるからだ。確かにその通 りである。しかし、戦略変更や組織改編、人の入れ替えがめまぐるしい昨今の状況で即座に実行するためには、相手のことを深く知る時間を与えられないことも多い。ミドルマネジャーには、それまであまり知らなかった相手に対して協力を依頼し、協力を取り付けることが求められる。
さらにいえば、あまり知らない相手との連携こそが価値を生み出せるということもある。社会学者のM. S. グラノヴェターが「弱い紐帯の強み」という表現で説明しているように、自分にとって新しい情報をもたらしてくれる相手は、結びつきの弱い相手であることが 多いからである。
ミドルマネジャーは、よく知らない相手に対してこそ臆せずに一歩踏み出さなければならない。自分が思っている以上に相手は協力的だという認識が、そしてあまり知らない相手こそが有益な情報を与えてくれるという認識が、背中を押してくれるだろう。

提言2:時間的・空間的広がりから相手にとっての利益を考え、説明する

相手に協力する気持ちがあったとしても、すぐにはイエスとは言ってくれない。「相互の方針のずれ」が阻害要因のトップになっていることからも分かる 通り、同じ事業ユニットに属するからといって、利害が一致するとは限らないからだ。分析の結果からは、一致しているだろうと考えてしまうことが、連携構築 をより難しくしている傾向が見られた。ずれがあることを前提に、ことを進めなければならない。
利害が一致しない中では、自組織の都合を主張するだけでは一歩も前に進まない。相手にとっての利益も考えなければならない。今回の調査では他組織をうまく 巻き込んでいるミドルマネジャーの特徴がいくつか抽出されたが、その1つが、すべての関係者がWin-Winになる方法を考えていることだった。
では、具体的にはどうすればいいのか。前回調査「人材開発白書2012」でインタビューした花王カスタマーマーケティングの髙橋辰夫社長は、機能部門間で の衝突が生じた場合はお客さまという原点に立ち戻って双方にメリットのある解決策を考えさせていると述べている。また、GEヘルスケア・ジャパンの川上潤 社長は、システム思考の重要性を述べている。システム思考とは、部分的な関係性ではなく、広範囲の中での関係の連鎖を捉える思考様式である。このような思考ができているミドルマネジャーが、戦略を実行できているという。 自分と相手という部分的な関係に終始していれば、いつまでも対立構造から抜けきれない。空間的にも時間的にも広い視野から多くの関係者がWin-Winになるような着地点を考え、さらには相手の立場に立って説明することが求められるだろう。

提言3:信頼を得るべく、普段から関係性に投資する

どんなに詳細にメリットを説明されたとしても、頼まれる方はリスクを払拭できない。すべての情報を開示されているとは限らないからだ。つまり、情報の非対称性によるリスクが必ず付きまとう。そうした中では、何を判断基準にして依頼を受け入れるのだろうか。
私どものこれまでの調査から考えられることは、“頼む内容”ではなく“頼む人”である場合が多いということだ。頼む人を信頼しているかどうかが強く影響すると考えられる。
信頼に関する世界的権威である山岸俊男(北海道大学名誉教授)によれば、信頼とは、相手に裏切られないという絶対的な確信が持てない中で、裏切られないだ ろうと期待を抱くことだという。提言1で述べた通り、ミドルマネジャーは人間関係がまだ形成さていない相手や、弱い紐帯でしか結ばれてない相手とも連携す る必要がある。その場合は、裏切られないだろうという期待を相手に抱かせなければ依頼を受けてもらうことは難しい。山岸は、信頼を得るための1つの方法と して評判を挙げている。そして評判を得るためには、信頼に値する行動をとり続けることだという。
今回の分析でも、他組織をうまく巻き込めているミドルマネジャーには「他部門からの依頼に積極的に応えている」という特徴が見られた。山岸が言うように、 日頃からさまざまな相手との関係性に投資している姿が読み取れる。こうした普段からの努力が、いざというときに効力を発揮するのだと考えられる。つまり、 連携構築を持ちかける前に、結果が出ていることもあるのだろう。

おわりに

それまで躊躇していた人が、一歩踏み出せと言われても簡単にはできない。多くの関係者がWin-Winになる着地点を考える思考方法やスキルも簡単には身に付かない。ましてや、信頼に値する人間などには、すぐになれるはずがない。経験を積むしかないだろう。
経験学習の研究で有名な松尾睦(神戸大学大学院教授)は、連携経験の連鎖に入ることの意義を説いている。組織間連携を経験することで人脈が広がり、次の連携を築きやすくなるからだ。
残念ながら、経験学習は時間がかかるものである。上述の3つの提言のためには、組織間連携に参画する機会を見つけ、早い時期から積極的に参画することが望まれる。

2013年2月

坂本 雅明
富士ゼロックス総合教育研究所
研究室 室長

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株式会社 富士ゼロックス総合教育研究所
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著者プロフィール

坂本 雅明
坂本 雅明

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京大学院ビジネススクール非常勤講師

1992年NEC に入社。コンサルティングファームを経て、2006年より当社入社。戦略策定・実行プロセスの研究および戦略策定研修を担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、関連会社の再建支援にも携わる。上智大学卒業、一橋大学大学院修士課程修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期課程修了(博士(技術経営))。一橋大学イノベーション研究センター研究員(05~06)。首都大学東京ビジネススクール非常勤講師(12~)

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