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個と組織の「ホスピタリティ」

富士ゼロックス株式会社人事部 塚本由美
(執筆当時、富士ゼロックス総合教育研究所 組織力強化コンサルティング部)

働く人にどことなく元気がない――。多くの企業で昨今このような声が聞かれます。

凄まじいスピードで変わるビジネス環境のもと、組織や企業が生き残っていくため個々の業務はより複雑・高度化し、極限の効率化が進んでいます。また一方で、働く人々は常に高い成果を出し続けることが要求されています。本来ならば働く人のモチベーションを高め、キャリア開発の面からも支えるはずの成果主義は、多くの企業で必ずしもその狙い通りに機能してきませんでした。成果を追及する余り職場の人間関係があまり好ましくない状態になっている企業も少なくないようです。それでも人は、組織の「成長」、個人の「成果」という呪縛のようなフレーズに衝き動かされるように働きます。

「そもそも自分の仕事の意義とは何だろうか。」「組織に地域に社会に自分がどんな風に役立っているのだろうか。」組織における自己の存在について深く考えたくても、時間や心のゆとりがありません。また、「この先、何をどうやって実現していくのか。」先を見通そうにも、不確定な要素が多すぎます。人々は、目の前の仕事に忙殺され将来の夢やビジョンを描きにくくなっています。そして疲弊感が募り、殺伐とした職場で心のささくれを少しずつ深くしていくのです。

本来、組織とはそれぞれ異なる存在である個が協働し、一人では成し遂げられない目的を達成していくために存在します。特に現代のビジネスにおいて目的を達成するためには、新しい価値を常に創造し、変革し続けていくことがキーであり、そのためには異なる個の協働が欠かせません。これこそ、組織がいきいきとした状態といえます。働く人に元気になってもらうためには、このような組織を目指さなければなりません。それなのに、成果主義、個人主義へのドライブが人間同士の関係性を壊し、ややもすれば個人を壊し、創造の芽を摘む。そのようなことが起こっているのです。

では、なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。本稿では、価値創造が個と個の関係の集合体からもたらされるものであるという見地に立ち、「ホスピタリティ」が示唆する概念から組織にいま何が起こっているのかを読み取り、働く人が活気を取り戻していくためにこれから必要とされるであろうアプローチについて考えてみたいと思います。

インデックス

 

1.ホスピタリティとは

「ホスピタリティ」とはいったい何なのでしょうか。この言葉が一般的によく用いられるのはホテルやレストラン、航空会社、観光産業など接客サービスとハードを含む空間の演出が、提供商品として主要な位置づけとされる業種です。多くの人がホスピタリティと聞いて真っ先にイメージするのは、親切なサービス、心のこもったおもてなし、快適な場の雰囲気といったものではないでしょうか。しかし、ホスピタリティという言葉が本質的に含む意味は、実はそれだけではありません。 ここではまず、一部の産業の商品特性を表す言葉として、あるいはおもてなしにおける心の在り方の表現としてだけではない、ホスピタリティのもっと深い側面について、その語源とそこに本来的に包含する意味から考察してみたいと思います。

ホスピタリティ(“hospitality”)という言葉は、ラテン語の“hospes”を語源とする説が有力であるようですが、これは“potis”と “hostis”の合成語であり、「主人」と「客人」の相対する存在を一語の中に含めて表しています。日本ホスピタリティ・マネジメント学会常任理事の吉原敬典氏は『ホスピタリティ・リーダーシップ』の中で、“hospes”の解釈として1.「自律的な存在」 2.「交流をもつ存在」 3.「対等な関係」 という人間の本質を表す三つの要素が示唆されていると主張しています。

  1. 「自律的な存在」:“potis”(迎える人)と“hostis”(迎えられる人)が、状況にあわせて立場や役割を入れ替わることができることを表し、自律性をもって人間が相互を慮る関係を築く存在であることを示唆しているとしています。
  2. 「交流をもつ存在」:組織の成り立ち――ある目標を達成するための、二人以上の人間による協働――において不可欠な行動である「交流」をすることで一人では限界があるものを可能性に変換していく知恵を、人間がもともと備えていると解釈できるとしています。
  3. 「対等な関係」:hospesが一語で異なる二つの立場を示すことから主人と客人の間の対等性を示唆し、かつお互いの求めることに対し適切に応えることで相互補完的な役割を果たすという解釈を提示しています。


また、人類学上の立場からホスピタリティの語義について述べている山内昶氏によれば、“hospitality”を遡ると印欧基語の“ghosti-” だったと推測され、「相互に歓待の義務を追う者」という意であるとしています。これがラテン語において語頭の“g”が脱落して “hosipitalitas”となり、ここから“host”、“hospital”、“hotel”などという現在でも身近な単語が派生したといいます。語源学については『ホスピタリティの語義論』(山内、2005)を参照していただきたいと思います。世界各地の本源社会(=未開社会)に存在する互酬 的な風習や、古代文明社会における異人に対する歓待というホスピタリティのルーツが、非常に興味深く紹介されています。

ところで、不思議なことに“ghosti-”から派生したとされる言葉の一つに一見ホスピタリティとは対極にあるような印象を受ける“hostility (敵意)”というネガティブな言葉があります。しかし「客人」がそもそもどういう存在なのかという点を突き詰めていくとこれも納得がいくでしょう。客人とは本来、愛情や血縁関係によって結ばれる緊密な存在以外の「見知らぬ人」で、吉原氏によると「敵意をもって向かってくる存在であり、油断のならない相手」 であるため、「自然と争いが生まれる」ことになるといいます。ところが、この争いという創造性が無く、不毛な事態を発生させないために、人間にはもともと敵意を解消する知恵が備わっているのだといいます。敵意が行為となって現れる前に未然にこの気持ちを氷解し、主人と客人が一体となって関係を築き上げていく過程において我々人間は、様々な知の交流と創造を行ってきたのです。

これらのことからホスピタリティとは、「自律した存在」同士が、「対等」な立場で、おもんばか慮り、「交流」し、相互補完的に必要なものを生み出していく為の「マインドセット(心的態度)」と「関係性」と理解することができるのではないでしょうか。さらに、ビジネス的な文脈で合目的的に機能を果たし、成果を生むだけというよりはもっと深い、人と人の人間的な交流もイメージできるのです。

2.組織のホスピタリティ喪失

さて冒頭で触れたように、組織が作られるのは、個人では限界があって成しえないことを複数の個人が様々な役割や立場を通じて協働しながら成していくための必然性が存在しているからこそです。そして組織は、多様な個が協働することで異なる存在同士の知恵の融合を起こし、これまでになかった価値を創ることができます。そういう意味で、上司、部下、同僚、他部門の人やグループ、社外では取引先やお客様などとの間で、常にこのような協業や融合が起こっていることが理想なのでしょうが、なかなかそのようにいかないのが実情です。

その原因を、先に述べた吉原氏が主張するホスピタリティの三つの要素という概念から洞察するならば、次のような問いかけをしてみてはいかがでしょうか。仕事のあらゆる側面であなたは、

  1. 自律した存在、一人の人間としても十分認知されているだろうか。また、あなたは周囲の人達をそのように認知しているだろうか。
  2. 組織的、ビジネス的には、極めて合目的的であったとしても、豊かな個性や創造性をたたえる人間として、また、一定の自由度をもって、交流できているのだろうか。
  3. その関係性は、マネジメントやコントロールという必然性を受け入れたとしても、一面では人間として対等であろうか。相互補完的に役割を果たしあえるスペースはあるだろうか。


交流が起こりにくい、あるいは否定されやすいという今日の組織がおかれる状況の下で、働く人々は、人間として本能的に求めるもの(=異質な存在との交流を通じた創造性の追及に対する欲求)が満たされないならば、常にフラストレーションを積み重ねていくのです。

3.いきいきとした個と組織を目指して

組織に属する人々の元気の無さは、もちろんこれまで述べたようなホスピタリティの喪失という一つの要因だけで引き起こされているものではありません。慢性的な長時間労働、短納期化、競争環境の激化、先の見えにくい景況、不安定な雇用など、様々な要因が複雑に絡み合ってこの状況を作り出していることはいうまでもありません。またそれらの多くは、一人ひとりが頑張ったところでコントロールできる対象ではないことも事実でしょう。しかしながら、我々が人間らしさ を取り戻し、いきいきとした組織を目指していくというホスピタリティにその解決策を求めたアプローチも、身近な取り組みとして有効だと思います。

ホスピタリティとは、人と人が交流することで生み出される共創的な価値創造のマインドセットと関係性であると説明しました。これは茶道に由来する「一期一 会」の思想に共通するものがあります。二度とないかもしれない出会いを大切に思い、亭主と客人が心を通わせ一体となって最高の「場」をしたてていくという営みが、まさにホスピタリティが目指す共創の考え方にぴたりと当てはまるのです。では、このような「場」を組織で実現していくにはどうしたらよいのでしょうか。

我々は、まず、人間としての個に、そして、人と人との関係の在り方に対しもっと意識を向けるべきでしょう。人と人のあらゆる接点、瞬間で生じる関係に全身全霊を傾けて向き合うことで、我々は相手の心の動きを理解する一方で、自己の在り様を表現し伝えることができます。そうすることで相互に関係性の発展を促し合う作用が働きます。このような場を作るためには、個人的な思考の枠や考え方をいったん横に置いて相手に向き合う開示と受容の態度を通じたメンタリティーの共有が第一歩となります。

これを実現する具体的な方法のひとつとして「対話」があげられます。対話は、意見や見解に固執せず意味を共有化し、共通理解を探しながら新たなものの創造をもたらします(ボーム、2007)。対話をディスカッションと対比すると対話とは何であるかを理解しやすいのですが、ディスカッションでは必ず勝者と敗者が存在するのに対し、対話においては勝敗が存在せずお互いに満足のいく状況になります。このことからも、対話という交流はホスピタリティが目指す共創関係を築くために欠くことのできないコミュニケーションであるといえるでしょう。対話をするには、真剣、かつ対等に人が人に向き合うことが大原則となるでしょうから、きちんとした対話をすることで他者理解と受容の態度が醸成されることも期待できます。

また、いきいきとした人と人のつながりから創られる新しい価値を最大化し、それを組織の活力源とするために、組織はこのような対話が起こるような交流の場の生成を意図的に仕掛ける努力をする必要があるでしょう。近年、組織の内外に関わらずメールやインターネットによるコミュニケーションが主流となっていますが、お互いの表情や息遣い、声のトーンをダイレクトに感じ取りながら交流をするリアルな場こそに真の対話を実現する力があるのではないでしょうか。なぜならば、人と人が直接対峙するからこそ言葉を越えた何かをも受けとめ合い、ひらめきや直感がより大きく相互に影響を与え合うからです。感覚的なもの、空気的なものまで含めた他者理解と受容が可能になるのです。

4.結びにかえて

一方、そうはいっても、過程ではなく成果が評価軸に置かれている組織は少なくありません。組織の内外で日々激しいレースを繰り広げなくてはならないのが現 実で、対話などといった悠長なことをやっている余裕などない、という批判もあることは確かでしょう。しかしながら、厳しい環境の中でも継続的な成果を出していこうとする場合、いかに優れた能力の持ち主であったとしても効率化されつくされた個人プレーだけでは限界があることは言うまでもありません。

人間としてより自然な流れにそってホスピタリティを実践することでチームが成り立ち、共創的な環境の下で成果が生み出されることで人々が元気になっていく。そして、またより深いホスピタリティの探求と実践がなされていくという好循環ができるとすれば、この人間特有の側面を見直さない手はないでしょう。

あらためて、自律した存在としての人間に目を向け、対等、一期一会、交流、全身全霊、相互補完などの意義を考えてみる必要があるでしょう。おおよそ、組織目的の為のみに活動する個、そして目的達成の為のみに関係する個が普通の風景となった今の時代に、より深いホスピタリティの概念は一石を投じます。

人間は交流することで気付きを与え合い共に成長する存在です。そして、人間の歴史の中で膨大な数の交流の繰り返しを経てこれまで様々な知を生み出し、社会を発展させてきました。改めて我々はいま、この原点に回帰すべき時にあるのかもしれません。

【参考文献】
山内 昶(2005年)、「ホスピタリティの語義論(Library iichiko No.86)」、新曜社
吉原  敬典(2005年)、「ホスピタリティ・リーダーシップ」、白桃書房
ディビッド・ボーム(2007年)、「ダイアローグ」、英治出版

(2009.5.1)

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