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理解を深める“やりとり”

ソリューション統括部
井形有希

いかなる内容であれ、またどのような講師であったとしても、研修の限られた時間の中で受講者が十分な理解の域にまで達することは、現実的には非常に難しいことでしょう。しかしながら、受講者の理解を促すためには周囲のどのような働きかけが有効なのか、これを考えることは研修を実施する側にとっての永遠の課題です。 本稿では、研修場面での働きかけの中でも特に言葉の‘‘やりとり”に焦点を当て、どのような‘‘やりとり”が理解を促すのか、またそれを実際に研修に取り入れる際に留意すべき点について考えていきます。

目次

1.「研修が流れる」

先日、ある企業の研修に同席する機会を得ました。入社3年目社員を対象としたその研修は3日間の日程で行われ、私はその初日を見学しました。初日というこ とで緊張の面持ちで会場に集合した受講者も、ゲーム形式の演習などを通じて互いに打ち解け、時間の経つごとにグループでの演習、討議も熱を帯びたものとなっていきました。講師は研修の設計段階から深く関与しており、加えて既にそれまでにも数回、この研修を実施していたこともあり、講義、グループ演習、全体討議ともに、スムーズな進行で1日が終わりました。 後日行われた、その研修の「ふり返り会」で講師に感想を尋ねると、講師は「あの時は研修が“流れる”ような感じがした」と、反省のニュアンスを込めて語り ました。「研修が流れる」という表現は、滞りなく順調に進んだ、という意味にも受け取れますが、講師はそこに問題を感じとったようです。 「研修が流れる」という講師の発言に興味を覚えた私は、具体的にどのような状況、感覚を指しているのか講師にさらに尋ねました。すると「1日を終えてふり返ると、講師として自信を持って話し、予定通りに研修を進めることはできたものの、受講者はその進行に乗っていただけのようにも思え、果たして十分に理解 できているのか疑問を感じた。自分の説明、解説に、もっとメリハリをつけたかった。」という答えが返ってきました。 この例に限らず、説明はしたものの相手は本当に理解できているのか、と不安や疑問を覚える場面はよくあります。もし、理解を促す説明、‘‘やりとり”とはど のような特徴を持つのかがわかれば、研修での‘‘やりとり”を工夫するよいヒントとなるに違いありません。果たしてその特徴とはどのようなものでしょうか。

2.理解を深める“やりとり”」

何かを知ろうとする時、新しいことに取り組む時、その行動の実現には自分自身の「~したい」という内発的動機づけだけでなく、他者からの外発的動機づけも重要となることは周知の通りです(注1)。同様に他者からの働きかけに焦点を当てるならば、物事を理解するために有効となる働きかけとはどのようなものか、これについて考えてみる価値もあるでしょう。 教育心理学では、学習場面における対話に焦点を当て、講師と受講者、あるいは受講者同士で行われる相互作用のある対話(TD : Transactive Discussion)、つまり「自分自身の考えをより明確にしたり、相手の考え方や推論の仕方に働きかけ、相手の思考を深めたりするような対話」がどのようなものであるか研究が進められています(注2)。 バーコッツとギブス(Berkowitz & Gibbs)は、同性の大学生ペアの討論過程を分析し、相互作用のある対話を二群に区分しました。第一の群である「表象的トランザクション」は他者の考えを引き出したり、イメージを表す働きをし、さらに「正当化の要請」「言い換え」などに分類されます。もう一方の群である「操作的トランザクション」は他者や自分の考えを変形させる働きをし、こちらもさらに「拡張」「比較的批判」「統合」などに分類されます(表1)。

表1 TDの質的分析カテゴリー (Berkowitz &Gibbs, 1983 を改変; 高垣, 2004)
カテゴリー 分類基準
表象的トランザクション
1-(a)課題の提示 話し合いのテーマや論点を提示する。
1-(b)フィードバックの要請 提示された課題や発話内容に対して、コメントを求める。
1-(c)正当化の要請 主張内容に対して、正当化する理由を求める。
1-(d)主張 自分の意見や解釈を提示する。
1-(e)言い換え 自己の主張や他者の主張と、同じ内容を繰り返して述べる。
操作的トランザクション
2-(a) 拡張 自己の主張や他者の主張に、別の内容を付け加えて述べる。
2-(b)矛盾 他者の主張の矛盾点を、根拠を明らかにしながら指摘する。
2-(c)比較的批判 自己の主張が他者の示した主張と相容れない理由を述べながら、反論する。
2-(d)精緻化 自己の主張や他者の主張に、新たな根拠を付け加えて説明し直す。
2-(e) 統合 自己の主張や他者の主張を理解し、共通基盤の観点から説明し直す。

この研究の結果から、自分の考えを明確にしたり他者の思考を深めさせるためには、「操作的トランザクション」に分類される対話が有効であることが見出されています。これを踏まえると、研修で取り上げるテーマについて思考を深め、理解を促すためには、「拡張」「矛盾」「比較的批判」「精緻化」「統合」の‘‘やりとり”を、講師と受講者で、あるいは受講者同士で行わせることが重要になると言えるでしょう(注3)。 さらに、この研究から見出されたもう一つの重要な点は、「表象的トランザクション」に分類される対話を数多く繰り返しても、理解や思考の深さにさほど変化をもたらさない、という点です。そうであるならば、講師から受講者にいかに多くの問いかけをしたとしても、それが単に意見を求めるものであったり、本人の意見の裏づけとなる理由を問うものだけであれば、一見、教室は活況を呈しているように見えても、理解を深めるという点では、それほど効果をもたらしていないのです。当たり前のことかもしれませんが、”やりとり”は量よりも質を意識すべき、ということなのです。

3.回答の志向と“やりとり”の傾向

とはいえ、研修場面の“やりとり”は、講師や受講者の回答志向とも関係しているのではないでしょうか。ここでいう回答志向とは、例えば、提示された課題に対して、正答であることを丁寧に検証した上で回答することを好むのか、あるいは、正答の可能性をある程度確信できた時点で回答する方を好むのか、ということを指します。 もし講師や受講者が前者の回答志向を持っているとすれば、じっくり思考する時間を多くとり、“やりとり”が発生するのは、思考の完了結果を披露する位置づけとなるでしょう。それゆえ、回答内容への反論はその回答や思考が誤りだとの指摘だけでなく、回答者の思考力不足という、陰のメッセージまでも含んで受け止められがちです。また、他者の回答に意見を言うにしても、波風の立ちにくい、表1にある「表象的トランザクション」の‘‘やりとり”となることが多いでしょう。 一方、後者の回答志向の立場であるならば、“やりとり”は検討の過程で行われる位置づけとなり、“やりとり”そのものが思考の促進剤と捉えられます。また過程であるからこそ、たとえ回答に誤りがあっても許され、他者からの反論も矛盾の指摘も、正答にたどり着くためのヒントと前向きに受け止められる雰囲気があります。そこでは「表象的トランザクション」だけでなく「操作的トランザクション」もまた日常的なこととして、ごく自然に行われるでしょう。

4.“やりとり”の質をどう変えるか?

ここで日本の企業研修で多く見られる光景を思い起こしてみると、教室全体の雰囲気は前者の回答志向に支配されがちではないでしょうか。そうであるとするならば、長年この志向の中で教育・研修を受けてきた人たちに、「理解を深めるためには『操作的トランザクション』が重要だから」といくらこれを無理に取り入れても、かえって「批判や矛盾の指摘を恐れて発言できない」「教室の雰囲気が悪くなる」などの反論が起こることが予想されます。 理想は、受講者全体が後者の回答志向に転換し、その上で「操作的トランザクション」にあたる“やりとり”が講師から受講者へ、また受講者同士で多く交わされるようになることです。しかしながら、現実には教室全体の‘‘やりとり”を一挙に転換させることは容易ではありません。そうであるとするならば、まずは規模を一段階小さくし、グループ単位での‘‘やりとり”から着手してみてはどうでしょうか。 具体的には、グループ討議のグラウンドルール(基本原則) を設定し、それを踏まえて討議をすすめることを提案します。ルールの例としては、誤りやミスを許容する、矛盾を意図的に指摘する、意見の共通点を見つけだす、反論する係を置く、などが考えられます。グループという半ば閉じた状況で新しい“やりとり”のスタイルに慣れた後であれば、全体検討でも同様に、グラウンドルールのもと 「操作的トランザクション」にあたる‘‘やりとり”も出しやすくなるでしょう。それにより、意見がいくつも重なり研修の進行が滞ってしまう場面が生じる可能性もありますが、討議が膠着した場合についてもルールで取り決めをしておけば、感情的に紛糾することもなく、結果として個々の受講者は理解を深めることができるのではないでしょうか。 なお、ルールの設定に際しては「ミスを許容する」といった最も基本となる数事項は講師側で提示しつつも、それ以外のルールについては、「操作的トランザクション」の考え方に沿って各グループの受講者自身に作成してもらうのがよいでしょう。自分たちが決めたルールであれば、人はそれに従う可能性が高くなることが知られています(注4)。討議場面の設定に主体的に関わっているという実感が強まれば、討議そのものにも一層前向きに取り組むに違いありません。

5.感受性と想像力

本稿では理解を深める上での「操作的トランザクション」の重要性に焦点を当て、それをどのように研修に取り入れることが可能か、を中心に検討してきまし た。しかし当然のことながら、これだけで研修を構成することは不可能です。実際の研修場面では、自己紹介や事務連絡、学習内容に関する指示や説明、そして 「表象的トランザクション」に該当する発表や質疑応答など、「操作的トランザクション」以外の”やりとり”が数多く交わされます。これらの“やりとり”は 理解を深めることに直接的には影響しないのかもしれませんが、教室の雰囲気をつくり、受講者の学習意欲を引き出す、という点では大きな力を持っています。 教室の雰囲気や受講者の意欲といった前提がなければ、「操作的トランザクション」で理解を深めようとしても、期待通りの結果にはつながりません。ましてや「操作的トランザクション」ばかりに気をとられ、他の‘‘やりとり”が疎かになっては本末転倒といえるでしょう。 講師にとって大切なのは「この“やりとり”は受講者にどのような影響を与えたのか」を掴む感受性と想像力を高めることでしょう。そして、「操作的トランザクション」をこれまでより意図的に、かつ少しでも多く取り入れることで、研修のメリハリもつくに違いありません。

注1  内発的動機づけと外発的動機づけについては、井形有希「やる気を引き出す力・消し去る力」を参照
注2 Berkowitz, M. W., & Gibbs, J. C. (1983) Measuring the developmental features of moral discussion. Merrill-Palmer Quarterly, Vol.29, 399-410.より
注3  表1では一般的な討議の流れに即してカテゴリーが並んでいますが、これは絶対的な順序を示したものではありません。現実には、多くの場合、討議の展開に合わせて各カテゴリーの対話が複数回現れます。
注4 心理学者のディシ(Deci, E. L.)は、自己決定感は内発的動機づけを高める上で非常に大きな影響を及ぼすことを指摘しています。自己決定感については井形有希「やる気を引き出す力・消し去る力」を参照

【参考資料】

秋田喜代美 編著(2006)、『改訂版 授業研究と談話分析』 放送大学教育振興会
高垣マユミ(2004)「理科授業の共同学習における発話事例の解釈的分析」教育心理学研究、Vol.52, pp.472-484.
高垣マユミ 編著(2005),『授業デザインの最前線-理論と実践をつなぐ知のコラボレーション-』 北大路書房

(2009.7.1)

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