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企業における教育は、どう変わる?― 米国発・大学教育の革命から考える、企業教育の近未来

コンサルティング2部 コンサルタント 土本晃世

毎年、入学志願者が増え続け、2017年の倍率は50倍。米ハーバード大や、英ケンブリッジ大を蹴って入学する学生もいる人気沸騰中の大学があります。さて、それはどこでしょう?
答えは、ミネルバ大学。2014年に米国サンフランシスコに開校したばかりの新しい大学です。え?そんな大学、聞いたことがないけど?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。今年に入ってテレビ番組でも取り上げられましたが、筆者が勉強会などで聞いてみると、知る人は20人に1人程度。ビジネスパーソンの間で知名度はまだ低いとの感触です。
ただこの大学、教育理念においても教育の提供形態においても革命的と言える新しさがあり、その革新性は企業における教育の今後を考える上でも、一つの参考になるかもしれません。
今回のレポートでは大学教育のイノベーションを紹介しつつ、企業教育の近未来を考えてみます。

1. 新大学、人気の秘密とは?

開校1年目から応募者が殺到、世界の教育関係者の注目を集める、ミネルバ大学。2017年は200名余が入学予定だそうです。日本からも初めて1名の入学者が出て、話題になりました。まだ卒業生を排出していないミネルバ大学が、これほど人気と注目を集めるのはなぜでしょうか?
その特徴を一言で紹介するならば、キャンパスを持たないオンライン大学であること。と同時に全寮制であり、4年間の在学期間中に世界3大陸、7つの都市に滞在しながら学ぶ、移動式大学でもあります。そう聞いただけで、いかにこれまでの大学の常識から外れているか、が分かります。

17091a-img-02在学4年間で、世界7都市を巡りながら学ぶ(①~⑦の順番)

創立者は、写真共有サイト「Snapfish」の前経営者、ベン・ネルソン氏です。富裕層の子弟に知識を提供する大学のあり方に疑問を覚え、考え方を教えることで“真に知的な人間”を育てる理念を掲げ、この大学を創立しました。理念を実現する方策の一つとして、学生の多様性を重視しています。学費をハーバード大等に比べて約4分の1と低く抑えており、学生の8割は米国以外からの留学生です。オンライン大学でキャンパスを持たないのは、デジタル化技術の導入で授業の品質を上げるだけではなく、コストを抑える意味もあるのです。世界の7都市を回遊するのは、その都市の特徴ある企業やNPOとのプロジェクト活動やインターンシップなど、リアルな体験を通した学びを重視しているからです。

2. 企業教育と、どう関係するのか?

では、このユニークな新大学の話が、企業における教育とどうつながるのでしょうか?
ミネルバ大学が革新的な点は幾つかありますが、特にデジタルとアナログ、両方の手法を巧みに使い分けている点に、注目したいと思います。ここでいうデジタルとはオンライン教育、アナログとはリアルな場での体験的な教育を指します。これからの企業における教育において、オンライン教育はこれまでと比べものにならないほど活用される可能性があります。

モバイル学習イメージモバイルでのトレーニング受講(イメージ)

オンライン教育はもう十分企業に導入されているのでは、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ある意味ではその通りです。2000年頃、企業教育で「Eラーニング」のブームが起きました。今では店舗スタッフが、スマートフォン上で接客のトレーニングを受講することは、珍しくありません。倉庫の作業トレーニングで、眼鏡型のウェアラブル端末が活用されているケースもあります。企業で働く多くの人にとって、パソコンやスマートフォンでスライドや動画を見ながら知識を学習するスタイルは、ある程度馴染みのあるものになっています。

しかし、これからのオンライン教育は、これまでとは次元が違います。むしろこれからが本番と言えるほど進化し、現場での教育や研修の風景を一変させてしまうかもしれません。
なぜこれからが本番なのでしょうか? すでに起きつつある、変化のトレンドを見てみましょう。

3. すでに起きつつある、教育オンライン化の衝撃

まず、現在進行形の変化として、知識学習はできる限りオンライン化し、教育効果を高めようとするトレンドがあります。「反転授業」という言葉は、あなたにとって身近なものでしょうか?オンラインで知識を予習・復習し、教室では対面でしかできないことを行う学習スタイルです。学校教育で実験され、学習効果が高いとの結果が出ました注1。これに習い、企業の研修でも、これまで対面で教えていた内容を、オンラインに移行しようとしています。どこかに集合して、講義を聞いたり演習問題を解いたりする研修は、遠からず昔話になってしまうかもしれません。

MooC受講者数推移グラフMOOCS登録者数の推移 2011年~16年

次に、足元に迫りつつある変化として、教育コンテンツの無料化トレンドがあります。大規模な公開オンライン講座(MOOC:Massive Online Open Courses:ムーク)は、無料や手軽さを魅力として、世界的に利用者をどんどん増やしています。国際的な教育業界のシンクタンク、ICEF Monitorによると、2016年の世界のMOOC受講者は2015年の3,500万人から6割以上増えて5,800万人。この数なんと、日本の全雇用者数に匹敵します。
以前はオンラインでの大学教育のイメージが強かったMOOCですが、最大の利用国アメリカでは、すでに職業訓練を主体にするものへと変化しています。日本でもNTTドコモが2014年に始めた大規模オンライン講座、GACCOは、今年3月に会員数が33万人を超え、うち7割が30代~50代(ドコモgaccoの報道発表による)。知的財産に関する講座や、マネジメント講座など、企業人を意識した講座も多く、働く人々が主要な利用者になっているものと推測されます。
企業が個別に研修会を企画したり、社外の講座に社員を派遣したりする風景は、ほとんどなくなってしまうかもしれません。

最後に、近未来に予測される変化として、IoTやAI、バーチャルリアリティ(VR)など最新技術の活用があります。
「アダプティブ・ラーニング」という言葉で知られていますが、先生が生徒の理解力や理解度を見極めつつ個人指導していたことを、AIが代替する取り組みは、学校や塾などの教育機関で実証実験が進んでいます。VR教材はあたかも目の前にあるかのように、対象物を観察したり動かしたりすることに役立ちます。
こうした技術が企業にも導入されれば、研修や実習風景は様変わりします。営業パーソンへの製品知識教育、エンジニアの技術訓練、サービススタッフの応対訓練など、対面でないと教えられないと思われていた内容が、オンラインに移行したとしても不思議ではありません。

4.アナログな教育は絶滅する?

仮に、企業教育でオンライン化が加速していくとします。では“アナログ”つまり「リアルな場」での体験的な教育は不要になるのでしょうか?
ここで、冒頭のミネルバ大学の事例を思い出しましょう。ミネルバ大学の革新性のひとつは、世界7都市に移住しながら学ぶ点でした。土地に固有な歴史、文化、習慣を肌で感じつつ、人々と交流し、何かを作り上げる。こうした経験は、オンラインで伝わらない衝撃を学生たちに与えることでしょう。ミネルバ大学創立者のベン・ネルソンは、オンラインで容易かつ安価に知識やスキルを得られる今、職業訓練のための知識教育を大学が担うのは、意味がないと語っています。歴史や科学を教える大学ではなく考え方を教える大学が必要なのだ、とも言います。7都市の選択や順番には、そうした目的に基づく意図があるそうです。
人間の姿勢や考える力といった可視化・デジタル化しにくい能力を養う目的において、アナログな教育は当面生き残ると考えます。ただし、アナログの手段(リアルな場での体験)は、世界7都市を移動するといった大胆なものに進化するかもしれません。

5.企業教育の近未来

すでにお気づきのように、教育におけるアナログ・デジタルの使い分けは、方法論に関する表層的な議論に過ぎません。変化の本質は何でしょうか。ミネルバ大学が大学教育の目的を問い直したように、企業においても真に社員に教育すべき内容は何かという、目的の問い直しが必要なのではないでしょうか。

「知識・スキル・テクニック」に関わる教育を“Doing教育”、「あり方・姿勢・志」に関わる教育を“Being教育”とする呼び方があります。2010年頃、企業の教育関係者の話題をさらった、マサチューセッツ工科大学(MIT)・オットー・シャーマー博士の「U理論」という本があります。博士は世界のトップリーダー130名にインタビューして生み出した理論において、変革を起こすためには、リーダーのやり方(Doing)よりあり方(Being)に着目せよ、と言います。
Doing/Beingという区分で考えると、企業の教育はこれまで圧倒的にDoing教育を主体にしてきました。技術・技能教育、管理職教育などは、習得すべき知識やスキルが明確に設定されています。現場での教育(OJT)も、基本的にはDoingの伝承を意図しています。これからも、Doing教育の重要性が減ることはありませんが、デジタル化しやすいこの領域は、前述したようにオンライン化が進むと予想します。

一方、Being教育は、現状は実施する企業が限られていると認識しています。よく知られる例は、ジョンソン&ジョンソン社のクレド(信条)教育や、日本航空株式会社(JAL)再建時のフィロソフィ教育です。Being教育が限定的な理由は、企業や人材のあり方について価値観が明確に求められること、効果的な方法が確立されておらず一律の成果が出しにくいこと、などが考えられます。

しかし、AI時代のこれからは、Being教育こそ、企業が戦略的に強化すべき分野ではないでしょうか。人間は思い込みの動物だ、と言われます。見たいものしか見ない、とも言われます。人間に現状維持や自己満足的な傾向があるとすれば、せっかくの知識や技術も宝の持ち腐れになります。自分の認知、認識、意図を確かめ、次の成長を目指すためには、何らかの外部刺激が必要であり、それは他者の存在や生々しい体験であると考えます。

リアルの場で教育は残るかイメージリアルな場での教育は残るか

人間の認知や意図の変化に関わる脳のメカニズムは、まだ謎のベールに包まれています。今後、脳科学や認知心理学などの発達でメカニズムが明らかになるまで、しばらくはアナログな手段で実験が行われることでしょう。その結果、やはりBeing教育にはリアルな身体感覚が重要で、オンラインには移行できない、という結論に至るかもしれませんが。

知識より考え方を教えるという教育理念を、オンラインと移動式大学の組み合わせで大胆に実現している点が、ミネルバ大学の革新性であると、筆者は捉えました。Doing教育は、デジタルで効果・効率アップし、Being教育は、アナログで大胆に洗練させる。そんな賢い、デジタル・アナログ組み合わせによる進化が、企業教育にも迫っているのではないでしょうか。

注記

参考文献

※本コラムは、株式会社富士ゼロックス配信のメールマガジン「X-Direct9月号」に掲載されたものです。
コラム内容は予告なく掲載終了する場合がございますので、予めご了承くださいますよう、よろしくお願いいたします。

著者プロフィール

土本晃世
土本 晃世

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 コンサルティング2部 コンサルタント

新卒で総合電機メーカーに入社、映像機器の海外市場マーケティング、法人営業の経験を経て、2006年、富士ゼロックス総合教育研究所に入社。建設機械メーカーのマネジメント教育、重電機メーカーの基幹人材教育など、大手製造業のクライアントを中心に、新入社員~マネジメント層の教育企画に携わる。
2011年以降、富士フイルムのグローバル人材育成や、富士ゼロックスの階層教育全体の再構築も担当しており、意識転換による事業構造転換アプローチの成果や課題を、様々な業種・業態の企業へ発信している。

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