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やる気を引き出す成果主義の実現に向けて

ソリューション統括部
元木幹雄

外発的動機付けと内発的動機付け

多くの企業で導入されている成果主義は「より多くの成果に、より多くの報酬を支払う」というような側面ばかりに注目して、運用されている。人ががんばる理由のひとつに「ご褒美を目指してがんばる」という側面もあるため、従業員の動機付けに貢献しているのだが、報酬だけを従業員の動機付けの源泉と考えることには危険がある。
広い意味での報酬には、給与や賞与などの金銭的報酬もあれば、昇進や昇格、表彰、他者からの賞賛や承認もある。これらは全て外から(他者から)提供される報酬なので外発的報酬と呼び、これらを与えることで人を動機付けることを外発的動機付けと呼ぶ。
これに対して、達成感や成長感、有能感、仕事自体の楽しみ、自己実現というのは、外から受け取る報酬ではないので、内発的報酬と呼ぶ。これによって人が突き動かされる状態を内発的動機付けと呼ぶ。
動機付けには上記の2つの考え方があるが、外発的動機付けばかりを主眼とした成果主義について、その問題と、今後の方向性を考察してみたい。

インデックス

 

1.外発的動機付けのマイナス面

人が金銭的な報酬を得て生活しなければならない、という側面を考えると、外発的動機付けが、人にとって重要な要因であることには間違いない。そのため企業も外発的報酬をうまく活用し、従業員を動機付けするというのは当然の流れである。しかし、外発的動機付けだけに過度に依存することは問題がある。
その点をアルフィー・コーン(Alfie Kohn)の主張をもとに、成果主義の問題を洗い出してみたい。コーンの5つの諸説をまるごと鵜呑みにすることは危険だが、多くの気付きを得ることができる。

【外発的報酬が悪影響をもたらす5つの理由】
・報酬は、罰になる(Rewards punish)
・報酬は、人間関係を破壊する(Rewards rupture relationships)
・報酬は、理由を無視する(Rewards ignore reasons)
・報酬は、冒険に水をさす(Rewards discourage risk-taking)
・報酬は、興味を損なう(Rewards kill interest)

2.報酬は、罰になる

罰についての批判は多いが、「褒める」「ご褒美をあげる」ということについての批判は相対的に少ない。しかし、コーンは報酬と罰とは、同じコインの表裏にすぎないと主張している。
これには、次の2つの意味がある。
1つは、報酬も罰と同じく、人の行動をコントロールするという点である。「成果を上げれば、インセンティブを支払う」という考えは、人間をコントロールするという側面をもっている。「今期の目標を達成したら、ボーナス倍増」という、良いことへのご褒美と、「今期の目標が未達であれば、降格」という罰の脅しとがあったとする。確かに、脅すより褒める方が気持ちは良い。それでも、両方とも、従業員の行動をコントロールしようとする点では、同じといえる。
もう1つの意味は、報酬を通じた働きかけは、自分もたくさんのボーナスを得たい、と思っていたのに、それをもらえない人を生み出すということである。このことは、実質、罰と変わらない効果がある。ある事柄について、褒められる従業員がいるということは、ほかに褒められない従業員がいる。ニンジンをぶらさげることもできれば、ニンジンをとりあげることもできる。賞賛やご褒美をもらえると思っていたのに、それがダメだった場合や、ほかの人がもらっているのに、 自分がもらえなかったら、それは罰になる、という側面である。 会社も上司も、従業員のモチベーションが低いと感じたら、報酬をちらつかせることが多い。「がんばれば、インセンティブを」というのは、実は「がんばらないと、インセンティブはあげないよ」といわれるのと同じ状況をつくりだす。
このように、報酬そのものがコントロールにつながり、外発的報酬のせいで、従業員によっては自由がなくなり、会社や上司のいうがままになってしまうという のは、いわば、自由を失うのと同じで、そのこと自体が罰ともいえる。外発的動機付けは、褒美をご破算にするという巧妙なやり方まである。そのために報酬が、結局は罰になることがあるということを認識しておく必要がある。

3.報酬は、人間関係を破壊する

成果主義によって個人の力を高めるつもりが、集団の力や団結、集団内での知識やスキルの伝承、相互学習を阻害することがある。報酬で、勝ち組と負け組が出てくるなら、人間関係はどうしてもギスギスしたものになりがちだ。競争が不安を生み出し、勝つ見込みがないと思う人は努力しなくなるということも考えられ る。コーンは、このような事実を報告する研究に注目した。
個人にインセンティブを与えるからこうなるとの意見には、集団にインセンティブを 与えた際のケースを紹介する。例えば、会社が「部門に所属する従業員全員が目標達成したら、全員に金一封をだす」と約束したとする。しかし、残念ながら、一人の従業員が目標未達で、結局「一人がダメだったので、金一封はなし」となってしまったとするならばどうなるか。このとき、目標達成した従業員たちは、目標達成できなかった従業員に、あいつのせいだと、不満をもってもおかしくない。
コーンがもう1つ警告する問題は、「報酬は、罰になる」でも述べたコントロールしたいという会社や上司の発想である。ほんとうに従業員のがんばりをねぎらって「金一封」といっているのか、それとも会社や上司自身の目標達成のために「従業員を働かせよう」「自分のいうことを聞いてもらえる環境をつくろう」 と思ってそういっているのかでは、大違いである。問題は後者のケースで、職場でもそういうことが良く起こる。報酬には人をコントロールする面があると気付 くのは、コントロールされる側である。同時に、報酬が協力関係をギスギスさせる場合もあるが、このことにより敏感に気付くのも、会社や上司の側ではなく、 コントロールされる従業員側である。
会社や上司は、基本的にコントロールしたがる人が多いものである。従業員をコントロールすること自体が、自分の役割であると思っているような人もいる。もちろん、競争が良い緊張感を生み出し、従業員のモチベーションを高めることもあると思う。しかし、その場合でも、まずは大きな信頼があり、簡単には壊れない人間関係がある、という状態がなければ、従業員はいつまでも続く競争に、やがて疲弊することになる。

4.報酬は、理由を無視する

「成果を上げればインセンティブを支払い」「成果を上げられなければインセンティブはなし」。このときに問題なのは、成果を上げられなかった際の原因の追究が、おろそかになることである。解決したい問題そもそもの原因を追究するかわりに、正や負の報酬だけが、目の前にアメやムチのように提示されてしまう。 そうなると、問題解決ができなくなる。
成果をあげた人に、より多く報いるというのは、けっして悪いことではない。しかし、成果を上げられなかったときに重要なのは、報酬をあげないことや罰をもたらすこと以上に、どうやったら成果を上げられるのか、前向きに議論することである。
報酬で人の行動をコントロールしようとする会社や上司が、報酬の管理者となってしまい、問題解決の促進者でなくなってしまったら、それは大問題である。しかしながら、ニンジンをぶら下げ、ムチをちらつかせて、安易に行動だけを表面的に変える方が楽なので、ついそうしてしまうことが、往々にしてある。

5.報酬は、冒険に水をさす

「成果を上げれば、報酬で報いる」という人の動かし方は、報酬を管理する側が、いうとおりにやれ、というように聞こえてもおかしくない。そのため「創意工夫」「チャレンジ」「イノベーション」という発想とは基本的には相いれない。「いうとおりにやれ」というメッセージを読みとり、どこかで行動がコントロールされていると思いながら、伸び伸びと振る舞うことは難しい。コントロールする側が思いもかけなかったイノベーションが起こせたとしても、コントロールを重視する上司は、イノベーションより自分の思い通りに動くことを好むので、むしろ叱責されることもある。もちろん、上司が望む以上のイノベーションで褒められることもあるが、コーンの懸念は、報酬によって人が動くときは、そのこと自体が楽しくてがんばっているときに比べて、視野が狭くなるという点がある。
視野を狭くさせてしまうことのマイナス面は大きい。視野が狭くなってしまったときに働く基本原理は「報酬目当てに働くときは、報酬を得るのにちょうど必要なだけの仕事をやり、それ以上はやらない」である。評価項目が明確になると、人は評価される項目の範囲で動く。また、往々にして最終成果の数字など、量的なものが中心にもなりがちである。つまり、外発的報酬による動機付けでは、評価項目を超えた成果や、指標化や定量化が難しい成果は期待できない。
上司が従業員に「自発的に学習しなさい」と指示したとする。それを聞いた従業員が学習しだしたら、自発的に学習していることにはならない。同様に、研究開発部門で、部門長が従業員に「自発的に工夫して、どんどん実験しなさい」と命令したら、これも同じ矛盾を生み出すことになる。その言葉で実験に着手したら、自発的という部分に、背くことになるからである。
「自発的にしてくれたら、外発的報酬をあげる」というメッセージは矛盾をはらんでいる。つまり、外発的報酬はそもそも「創意工夫」「チャレンジ」「イノベーション」を生み出すことには向いていないといえる。

6.報酬は、興味を損なう

報酬が効果的でなくなる最後の理由は、アンダーマイニング現象として、よく知られていることである。それは、報酬のせいで、逆にやっていることへの興味を損なうということである。もう少し正確にいうと、外発的報酬は、やっていること自体がおもしろい、興味深いと思ってがんばる気持ちを阻害するということである。むしろ、ご褒美をもらわなくても楽しくて没頭できる事象に、お金など外発的報酬をあげるのは、有害となるともいわれている。「楽しくてやっているのでなく、お金のためにやっているのだ」というように、自分の認知が変わってしまうからである。

7.やる気を引き出す成果主義に向けて

コーンの議論はあえて極端になっている。これを真に受けると、よくがんばった従業員に褒めることさえできなくなってしまう。しかし、外発的報酬を使うときは「従業員をコントロールしたいために用いられる側面がある」「外発的動機付けだけが過度に使われると良くない」という点に注意しなければならない。そうでなければ、外発的報酬による動機付けより、むしろ、従業員のやる気を削ぐような結果になってしまう恐れがある。よりがんばった人に、より多くの報酬が授けられることは、正しい成果主義であり、正しい報酬制度である。もともと、よりがんばった人に、外発的報酬が与えられても、報酬で人を操るというコントロールの側面が希薄なら有害ではない。外発的報酬には、有能感を授けるフィードバックという意味もある。また、外発的報酬だけに頼ってしまうと、お金がもらえないと、褒めてもらえないと、がんばりたくないという従業員をつくってしまう。しかし、外発的報酬だけに頼らず、内発的動機付けを喚起するような「達成の承認」「有能感の確認」「自己決定の機会」とセットにして与えれば、外発的報酬をプラスのフィードバックとして、最大限活用することができるのである。

参考文献
アルフィ・コーン著/田中英史訳「報酬主義をこえて」法政大学出版会(2001)

(2009.10.5)

著者プロフィール

元木 幹雄
元木 幹雄

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 研究開発&コンサルティング部 コンサルティンググループ マネジャー

人事教育コンサルティング会社及び遠隔通信制(オンライン)ビジネススクールにて営業や企画スタッフを経験後、2001年に富士ゼロックス総合教育研究所に入社。人事制度及び人材育成制度の導入・定着に向けたコンサルティング、人事情報システムやタレントマネジメントシステムの導入支援、リサーチ&アセスメントの企画・実行支援に従事し、現在に至る。産業能率大学大学院経営情報学研究科(MBA)修了。

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