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理論と応用 ―学んだことを実践するために―

研究室
坂本雅明

目次

はじめに

戦略、リーダーシップ、マーケティング、人的資源管理。集合研修で理論を教えられることは少なくないでしょう。そして研修後に「こんなもの、現場で使えないじゃないか」という感想を持つ人も少なくないと思われます。

理論と現実は違うということは誰もが認めるところです。そして社会人は、理論的知識を増やすという目的ではなく、現場の課題解決に役立つ何かを求めて研修に参加します。このような背景が、冒頭のような感想につながるのでしょう。

しかしながら、理論というものは社会人にとって不要なものなのでしょうか。このような問題意識に基づき、そもそも理論にはどのような意義があるのか、またどうすれば研修で学んだ理論を現場活用できるのかについて、持論も交えながら考察したいと思います。

1.理論とは

そもそも「理論」とはどのような意味なのでしょうか。辞書を引くと、「科学研究において、個々の現象や事実を統一的に説明し、予測する力をもつ体系的知識。狭義には、明確に定義された概念を用いて定式化された法則や仮説を組み合わせることによって形作られた演繹的体系を指す」(大辞林第二版)と説明されています。しかし、現実には多様な意味で用いられており、人によって「理論」という用語から受ける印象もまちまちだと思います。大辞林の説明のように、いくつかの法則が関連付けられた体系をイメージする人もいれば、原因と結果を結びつける単純な論証という意味で用いる人もいます。ここでは理論の定義を考えることが本題ではありませんので少し視点を変えて、理論に欠かせない要素を考えてみたいと思います。

1984年に伊丹敬之氏により経営理論がまとめられた『新・経営戦略の論理』という本があります。今でこそ、同様の内容の書籍はたくさん存在しますが、その頃には経営に関する知識がほとんど体系化されていなかったことを考えると、大変な労力を要したに違いありません。伊丹氏がどのようにしてこの本をまとめたかというと、経営雑誌等に掲載された成功事例・失敗事例を抜き出し、KJ法(注1)の要領で類似事例ごとにグループ化し、各グループに共通的な要素を抽出していったそうです。このような作業は、「抽象化」などと呼ばれています。そして、こうした過程を通じて、理論ができあがっていきます。この例からは抽象化、すなわち個々の状況ごとに異なる部分をそぎ落とし、本質的な筋道だけを抜き出すことが、理論に欠かせない要素の一つだと考えられます。大辞林の説明にある「個々の現象や事実を統一的に説明し」とは、まさに抽象化のことを指しているといえるでしょう。そこで以降では、この「抽象化」に着目して、当初の問題意識を考察していきます。

2.抽象化の意義

繰り返しになりますが、理論に欠かせない要素は抽象化です。しかしながら、我々の現場は個別具体的です。つまり、「本質的な筋道」にたくさんの枝葉末節が付いた状態です。それならば、枝葉末節が付いたまま説明を受けた方が、受講者側としては役立つはずです。では、なぜわざわざ抽象化をしなければならないのでしょうか。このような疑問に対しては、化学者である濱田嘉昭氏の説明がヒントを与えてくれるでしょう。

「個別の現象は事実であっても、それらを無限に数え上げるものではないし、物事を理解したことにはならない。本質的な部分を法則と確立しておけば、具体的な説明や予測は、それに必要な条件を入れて実行できるはずである。抽象化あるいは概念化によって、個別の数え上げは到達しえない地平に理解を拡張することができる」(濱田,2007)

この説明を当初の問題意識に照らし合わせて解釈すれば、次のように言い換えることができるでしょう。

「現場にぴったりの指針や方法は、現場の数だけ存在する。あるいは置かれているも状況の数だけ存在する。そのため、現場で役立つ指針や方法を覚えるということは、起こりうる状況をすべて洗い出した上で、その無数の状況に対応した指針や方法を覚えなければならなくなってしまう。そのようなことは教育する側にとっても、受講する側にとっても非効率である。ところが、どのような状況においても当てはまる原理原則さえ覚えていれば、現場の状況に応じて応用方法を考えれば済む。なんて効率的だろうか。」

『新・経営戦略の論理』の中で取り上げられているカシオの事例を用いて、この解釈を説明します。同書の中には、カシオが電卓事業で培ったLSIの論理設計技術をもとに、時計、電子楽器に参入して成功したという事例があります。この状態は枝葉末節が付いており、このまま参考にすることはできません。「多角化するためにはLSI技術を使うべきである」、「電卓メーカーが時計事業に多角化すべきである」などと表面的に捕らえて真似したところで、置かれた状況が違うのであれば失敗することは目に見えています。風邪を引いた友人が病院でもらった処方薬で、自分の骨折が治らないのと同じです。

カシオの事例から学ぶためには、自社が置かれている状況に当てはめて解釈し直さなければなりません。しかし、これは難しいことです。そこで、一旦、枝葉末節をそぎ落として、肝となるところ、つまり“幹”だけにするのです。これが抽象化です。カシオの事例で説明すると、「強みを活かして事業展開すればうまくいく」「その強みの模倣困難性が高ければ競合の追随を防げる」などの原理原則が抽出できるでしょう。そして、この“幹”に自社ならではの“枝葉”を付け加えていく、すなわち自社が置かれている外部環境や保有している内部資源を鑑みて、自社の戦略を考えていけばいいのです。

枝葉末節から枝葉末節への解釈は難しいばかりか、できたとしてもその場限りで終わってしまいます。しかし、一度“幹”にしてしまえば、反復して使用することができます。また、多様な場面に応用することができます(注2)。このようなことが抽象化の意義といえるでしょう。

ちなみに、抽象化は学者の本業ともいえます。認知心理学や情報科学など多様な領域に精通し、またノーベル経済学賞学者でもあるサイモン(H.A. Simon)は、「自然科学の中心課題は、不思議なことをごく当たり前のことにすることである。混沌と見える状態の中にかくされたパターンを見出すことが、自然科学の主な任務である」と述べています。また、経済学者の伊藤秀史氏も「経済学では、複雑な現実の問題を単純化して、モデル化します。もちろん、そのモデルは実務に当てはまらないという批判はありますが、複雑な現実から枝葉末節を取り除き、その問題の本質的な部分をわかるようにするところに意義があるのです」と説明しています。

3.研修を効果的なものにするために(受講者の側面から考える)

さて、一般的に理論は研修の場で伝えられます。しかし、抽象化されているがゆえに、いかにすばらしい理論でも、単に伝えるだけでは「こんなもの、現場で使えないじゃないか」という冒頭に述べた反応からは逃れられません。結果として、現場で活用してもらえないという残念な結果に終わってしまいます。そこで、研修で学んだ理論を現場で活用するため、また活用してもらうためには、どうすればいいかを考えたいと思います。

まずは、受講者が研修受講時に意識すべきことについてです。

受講者は、理論はそのままでは活用できないということを認識しなければなりません。理論というものは、どのような現場、状況にも通用するものですが、それは裏を返せばどのような現場、状況にもぴったり当てはまることはないということです。

例えば、組織行動学に「期待理論」というものがあります。期待理論では、組織メンバーが努力するか否かは、「期待」(努力すれば報酬を得られることが期待できるか)と「主観的価値」(その報酬が自分にとって魅力的かどうか。なお必ずしも金銭的な報酬に限定されない)の掛け算によって決まるといわれています。このような理論を研修で学び、いざ部下の動機づけに活用しようとしても立ち止まってしまいます。なぜならば、部下一人ひとりによって、魅力を感じるものが異なるからです。そのため、この期待理論という“幹”に、状況に応じた解釈、すなわち部下ごとの“枝葉”を付け加えていかなければならないのです。

ミンツバーグ(H. Mintzberg)が『MBAが会社を滅ぼす』の中で「理論や概念を紹介するのは教授でも、一人ひとりの学生がその理論なり概念なりを自分の判断で自分自身の経験を結びつけなくてはならない」と述べていますが、まさに言い得て妙でしょう。

4.研修を効果的なものにするために(研修提供側の側面から考える)

一方、研修を提供する側も意識しなければならないことがあります。

まず認識すべきことは、理論と現実を適切に結びつけることができるのは受講者本人しかいないということです。受講者の現場や置かれた状況は、受講者本人が最も良く知っています。研修提供側として行うべきことは、受講者が理論と現実を結びつけるための支援をすることです。

これは何も難しいことではありません。研修中に次の2つのことを実施すればいいのです。一つは、研修の導入段階で、受講者本人、あるいは受講者が属している職場の課題を考える時間を設けることです。そしてもう一つは、研修のまとめの段階で、学んだことを、自分自身の置かれた状況に当てはめて解釈する時間を設けることです。それぞれ以下のような問いかけをして考えてもらうだけでも、冒頭で述べた「理論など、現場で使えない」というような受講生の拒否反応は、かなり解消されることでしょう。

(研修の導入段階)

  • このプログラムを通じて、習得したいこと、期待したいことは何ですか。
  • このテーマに関して、自分自身あるいは自分が属する組織が直面する課題を挙げてください。

(研修のまとめの段階)

  • 自分自身あるいは自分が属する組織が直面する課題を考えると、学んだことの中で何が大切だと考えますか。
  • あなたはそれを、どのように活用しようと考えますか。

実際、教育トレーニング業界で最大級の売上を誇るアチーブグローバル社(AchieveGlobal Inc.(現:MillerHeimanGroup))でも、このような方法を取り入れています。同社では研修効果を高めるための研究を継続した結果、標準的なプログラム構成に到達しましたが、その構成では、導入段階で「受講者自身における重要性」を考えてもらい、最終段階で学んだことを自分自身が置かれた状況に置き換えて振り返り、実行計画を作成するセッションが組み込まれています。(注3)

5.おわりに

理論というものは、現場とかけ離れているからといって社会人にとって不要な存在というわけではありません。むしろ、社会人が効率的に学ぶためには欠かせないものといえるでしょう。しかし、理論を覚えるだけでは、知識欲は満たされたとしても、仕事場面ではなかなか役に立ちません。

受講者は、理論と応用を上手く結びつける必要があり、そして研修提供側はそのための支援を心がける必要があります。集合研修で学んだ“幹”に自分なりの“枝葉”を付けて解釈し直すセッションを組み込むことで、研修で学んだ理論を現場で活用するという研修目標に近づくことができるでしょう。

注1:KJ法とは、混沌としたデータの中から、なんらかの秩序を見出すことで、体系付ける方法です。まず、アイデアや事実をカードに記入し、似ている項目をグループ化します。そして、グループの間の関係を分析し、最終的にまとまったグループにキーワードを付けます。考案者である川喜田二郎氏のイニシャルにちなんでKJ法と名づけられました。

注2:とはいうものの、残念ながら理論はあらゆる場面に応用できるわけではありません。理論の当てはまる範囲が限られていることを認識しなければならないでしょう。ニュートンの力学法則でさえ、どのような物体にも、時間や場所を問わず当てはまるというわけではありません(濱田,2007)。自然科学よりも汎用化が困難は社会科学においては、その傾向がより強いといえます。いかに枝葉を付け加えたとしても、幹そのものが当てはまらなければどうしようもありません。一例を挙げますと「規模の経済」という経済理論があります(この場合は「経済原理」といった方がいいのかもしれませんが)。規模の経済とは、生産量の増大につれて平均費用が減少し、利益率が高まるという現象を指します。この理論は、鉄鋼や化学産業など、初期投資が大きい固定費型の事業には当てはまります。その一方で、床屋のような労働集約的で変動費型の事業にとっては、それほど重要な理論にはなりえないでしょう。そのため、そもそもその理論が、自分の現場、置かれている状況にとっての“幹”になりえるかを見極めることが必要です。

注3:AchieveGlobal社(現:MillerHeimanGroup)専任トレーナーとのディスカッションより。

(参考資料)

濱田嘉昭(2007)『科学的な見方・考え方』放送大学教育振興会。

Herbert A. Simon (1996) “The Sciences of the Artificial – 3rd Edition,” The MIT Press. [稲葉元吉・吉原英樹訳(1999)『システムの科学 第3版』パーソナルメディア。]

伊丹敬之(1984)『新・経営戦略の論理―見えざる資産のダイナミズム』日本経済新聞社。

伊藤秀史(2004)「商学部生への経済学のススメ」『一橋論叢』第131巻第4号。

Mintzberg, H(2004) “Managers Not MBAs,” Berrett-Koehler Publishers. [池村千秋訳(2006)『MBAが会社を滅ぼす:マネジャーの正しい育て方』日経PB社。]

高根正昭(1979)『創造の方法学』講談社現代新書。

(2008.10)

著者プロフィール

坂本 雅明
坂本 雅明

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京大学院ビジネススクール非常勤講師

1992年NEC に入社。コンサルティングファームを経て、2006年より当社入社。戦略策定・実行プロセスの研究および戦略策定研修を担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、関連会社の再建支援にも携わる。上智大学卒業、一橋大学大学院修士課程修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期課程修了(博士(技術経営))。一橋大学イノベーション研究センター研究員(05~06)。首都大学東京ビジネススクール非常勤講師(12~)

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