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ひらめくためには ―セレンディピティを呼び寄せるもの―

研究室坂本雅明

目次

はじめに

いくら考えても答えが出なかったのに、ふとしたときに突然、答えがひらめいたことはないでしょうか。例えば、業務中は全くアイデアが浮かばず、悶々とした中で帰途の電車で何気なく本を読んでいたら、その中のある文章が引き金になって、頭の中で、どんどん考えが進み、アイデアが生成されたなどということが。

このような現象は、セレンディピティ(serendipity)とよばれています。セレンディピティとは、セレンディップ(Serendip:セイロンの旧称)の3人兄弟の王子が、思いがけない幸運によって次々と困難を乗り越えていく冒険物語から作られた造語であり、「幸運な発見」などと訳されています。最近、「アハー体験」などという言葉を耳にすることが多くなりましたが、まさにこの瞬間に生じるものです。

何がセレンディピティをもたらすのでしょうか。いくつかの事例を参考にして考えてみたいと思います。

発見とは単なる偶然で片付けていいものなのか

このセレンディピティに遭遇したという逸話は数多く存在します。例えば、イギリスのフレミングはリゾチームとペニシリンを発見しましたが、どちらも全くの偶然から発見されたということは有名な話です。リゾチームの発見は、細菌を塗抹した皿にフレミングのくしゃみが飛散し、数日後、その場所の細菌のコロニー(注1)が破壊されているのを発見したことがきっかけだといわれています。ペニシリンの発見は、フレミングが実験室を片付けていたとき、まさに廃棄しようとした培養皿に、黄色ブドウ球菌が生えた培地に付着しているカビの細菌の生育が阻止されていることに気付いたことがきっかけだったといいます。最近の話では、2002年にノーベル化学賞をとった田中耕一氏が、タンパク質を気化・検出する方法を発見したのは、実験過程で、間違った材料を熱エネルギー緩衝材として使用してしまったことがきっかけといいます。

しかし、これらの発見は、本当に「偶然」によるものなのでしょうか。実験には失敗はつきものです。研究者は、想定しなかった結果に何度も遭遇します。というよりも、想定した結果に遭遇するよりも多いでしょう。ひらめく過程を、「ある現象に遭遇すること」と「そこから気付くこと」の2つに分けた場合、「ある現象に遭遇する」チャンスは平等に与えられているのです。しかし、多くの人は単なる失敗と片付けてしまいます。想定しなかった結果から、何かを「気付くこと」が出来た人は、何が違うのでしょうか。

HSG-Siキャパシタ開発事例から考える

先日、たまたま、NECにおけるHSG-Siキャパシタの研究開発事例を調べる機会に恵まれ、研究者へのインタビューをしてきました。

HSG-Siキャパシタとは、世界のDRAM(注2)製品の約7割までもが採用するまでになった、すばらしい技術です。技術的な詳細は割愛して、簡潔に説明します。キャパシタとは、DRAMに組み込まれる電子部品で、コンデンサーともいわれます。DRAMでは情報の記憶が電荷の蓄積・放電によって行われますが、その情報電荷を蓄える機能を担います。当時はキャパシタの蓄電容量の増加が求められていました。そして、蓄電容量を増やすためには表面積を増やせばいいということが理論的に明らかになっていました。そのため、キャパシタを大きくすれば問題は解決するのですが、当時はDRAMの微細化の方が優先課題であったため、キャパシタには占有面積の縮小が課せられていました。DRAMメーカー各社はキャパシタ部の専有面積を縮小しながらもキャパシタ電極面積を確保しなければならないというジレンマに陥っていたのです。

そのような状況の中で、NECが開発したのがHSG-Siキャパシタです。そのきっかけは、渡辺啓仁さんという研究者が、半球状の小さな凹凸をいくつも付けることで表面積を増加させるという画期的なアイデアにひらめいたことです。

1989年、渡辺啓仁さんは、DRAMキャパシタの信頼性向上のために電極の製法や容量絶縁膜などの研究を行っていました。その研究の過程で、シリコン膜を形成しようとしたところ、部分的に凹凸ができてしまったのです。渡辺さんにとっては失敗でした。しかも、その凹凸は規則正しく形成されておらず、とても使い物になるとは考えにくいものでした。後日、電子顕微鏡で撮った凹凸の写真を同僚に見せたら、「こんな不規則なブツブツでは、信頼性を確保できるわけがない」と言われたくらいです。しかし、渡辺さんは凹凸を見た瞬間、キャパシタの容量増加に応用することをひらめいたそうです。

実は、NECの別の部門で、同時期に同様の現象を目にした人がいました。辰巳徹さんという研究者がトランジスタの材料研究中にシリコン膜の表面を洗浄しようとしていたところ、凹凸ができてしまったのです。しかし、辰巳さんは失敗ということ以外はとりわけ感じることはなかったそうです。余談ですが、この2人が偶然にお互いの研究成果を知る機会があり、HSG-Siキャパシタの共同研究がスタートし、辰巳さんの類稀な基礎研究能力の貢献で開発が成功しました。(詳細を記したケースは、一橋大学HPよりダウンロードできます。http://pubs.iir.hit-u.ac.jp/admin/ja/pdfs/show/750

ひらくためには

他にも同じような現象を見た人がいる中で、しかも信頼性を確保できるとはとても思えないようなブツブツを見て、渡辺さんだけがなぜキャパシタへの応用をひらめくことができたのでしょうか。渡辺さんへのインタビューから、二つのことを感じました。

一つは問題意識のありかたです。優先順位は高くはなかったものの、渡辺さんにとってはキャパシタ容量増加も課題であり、頭の片隅に絶えず存在していたそうです。そのため、その実験がキャパシタの容量増加を意図したものではなかったにもかかわらず、凹凸を見た瞬間に、頭の中で瞬間的にキャパシタの容量増加と結びついたのでしょう。だからといって、その研究がキャパシタ容量増加を目的にしたものであれば、反対にひらめくことができなかったかもしれません。例えば認知心理学では、ひらめく段階(開明期や啓示期などとよばれています)に行き着くためには、凝り固まった考えから解き放たれる必要があり、そのためには、考えることを一旦中止することが有効だとされています(注3)。つまり、もし渡辺さんが行っていた研究がキャパシタ容量増加を目的としたものであったら、業界で主流となっている方向性に固着してしまい、ひらめくことができなかったと想定することもできます。頭の片隅に残っていたという、思考の休止常態だったからよかったのでしょう。

二つ目は、補完的な知識です。キャパシタ容量増加を問題意識として持っていた人がブツブツを見ても、実用化できるとは思えなかったでしょうが、渡辺さんには容量絶縁膜などの知識があり、この知識を活用することで表面を均一化できると確信することができたそうです。一般的に、一つの技術を生み出すためには、関連する様々な知識を統合しなければなりません。渡辺さんは、多くの補完的知識を有していたことによって、応用可能性を瞬時にシミュレーションできたのでしょう。

セレンディピティは幸運ではなく努力がもたらす

人は、どうすればひらめくことができるのか。画期的なイノベーションも、すべて何らかのひらめきが出発点になります。ひらめいた後に、そのアイデアをつぶさないで事業化まで結びつけるためのマネジメント方法は比較的体系的に整理されていますが、ひらめく方法は(私の知る範囲では)、ブラックボックスのままです(注4)。しかしながら、ひらめきを単なる幸運と片付けてしまうことはできないことは確かでしょう。

かつてトーマス・エジソンは、「天才は1%のひらめきと99%の努力である」と言ったそうです。しかし、1%のひらめきとて、幸運がもたらすのではなく、その人のそれまでの努力の積み重ねが呼び寄せるのではないでしょうか。エジソンの言葉に、パスツールが残したといわれる「幸運の女神は、準備が出来たものに微笑む」という言葉をあわせた方がいいでしょう。

注1:細菌は1つの細胞から増殖するが、その結果、眼に見える程度の集団(塊)になったもの。

注2:Dynamic Random Access Memoryの略。半導体記憶素子の一つ。PCや携帯電話、デジタルカメラなどの電子機器の中で、演算処理のために一時的にデータを保存する役割を担う。

注3:創造的思考を研究したウォーレス(Graham Wallis)は、以下の4段階のプロセスで説明しています。 第一段階(準備期,preparation):情報を収集し、考えをめぐらす。 第二段階(孵化期,incubation):いったん問題から離れ、考えが熟するのを待つ。 第三段階(啓示期,illumination):突然解決がひらめく。アハー体験ともよばれる。 第四段階(検証期,verification):啓示期で得られたひらめきを検証、修正する。

注4:経験から帰納的に推論した諸説はありますが、認知科学や脳科学などによる科学的な解明は進んでいないようです。

(2008.5)

著者プロフィール

坂本 雅明
坂本 雅明

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京大学院ビジネススクール非常勤講師

1992年NEC に入社。コンサルティングファームを経て、2006年より当社入社。戦略策定・実行プロセスの研究および戦略策定研修を担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、関連会社の再建支援にも携わる。上智大学卒業、一橋大学大学院修士課程修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期課程修了(博士(技術経営))。一橋大学イノベーション研究センター研究員(05~06)。首都大学東京ビジネススクール非常勤講師(12~)

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